箪笥 半村良
三つになる男の子が、寝間で寝んと、毎晩毎晩箪笥の上にあがって、
座ったまま夜が明けるまでそうしてるのやという。
日頃は素直な子やが、なんぼ叱っても言うこと聞かん。
女房に聞いても、何やらよう判らん顔でじっと亭主の顔を見つめるのやと。
そのうち8人いる子どものの5人が上がり、
とうとうの8人ぜんぶが、夜になると箪笥の上にあがり、
腰の曲がったバアバまで、どうやってあがるのか知らんけど、ち
ゃんと高いとこへあがつて坐るようになつてもうた。
市助は家におるのがおそろしゅうなったそうや。
それでもねむらんとおれるもんやなし、うつらうつらしとると、
カタン、カタン、カタンと、なんや聞いたことのある音が聞こえてきたそうな。
となりに寝とるはずのカカアを起こそうしたたら・・・おらんのや。
そのとたん市助はぞっとしてはね起きてもうたそうや。
ジジイもババアもカカアも子どもたちも、
みんなが力を合わせて家の中へ古い箪笥を運びこむとこやって。
カタン、カタンという音は、箪笥の引き手が揺れる音やいの。
市助は口もきけずじと見とるだけがいや
そして市助はおそるおそる覗きにいつたそうな。
そしたらジジイもババアもカカアも8人の子どもたちも、
1人残らず箪笥のうえにあがって、
膝に手ぇおいて坐っとった。
目ぇあけてきちんと坐っとるんや。
ある晩、市助はぐでんぐてんに酔うて、
海沿いの道をどこまでもどこまでも逃げて行ってしもうたそうや。
市助はそのあと水夫になったそうや。
そいでも仕送りだけはきちんとしとったそうやが、
何年かたって市助ののった船が、ふるさとの沖に錨をおろしたそうや。
なつかしさに夜中までふるさとの灯りをみとった市助の耳に、
またあの音が聞こえてきたそうや。
カッタン、カッタン、カッタカ、カッタカ、
・・あの箪笥の音や。
市助は金縛りにあったように身動きもできんやった。
見ると一家そろって舟にのり
「とうと、帰らしね。帰って来さしね。
なんも恐ろしいことないさかいに、帰ってきさしね。
とうとの箪笥も持ってきたさかいに、この上に乗って帰らし。
夜になったら、箪笥のうえに坐っとったらいいのや、な、かえろ。」
その晩市助は舟に乗り、箪笥のうえに坐って、
カタン、カタンとみんなに運ばれて家に戻ったそうな。
・・な、面妖な話やろがいね。
能登怪異譚 (集英社文庫)クリエーター情報なし集英社
朗読音楽劇場 「箪笥」
三つになる男の子が、寝間で寝んと、毎晩毎晩箪笥の上にあがって、
座ったまま夜が明けるまでそうしてるのやという。
日頃は素直な子やが、なんぼ叱っても言うこと聞かん。
女房に聞いても、何やらよう判らん顔でじっと亭主の顔を見つめるのやと。
そのうち8人いる子どものの5人が上がり、
とうとうの8人ぜんぶが、夜になると箪笥の上にあがり、
腰の曲がったバアバまで、どうやってあがるのか知らんけど、ち
ゃんと高いとこへあがつて坐るようになつてもうた。
市助は家におるのがおそろしゅうなったそうや。
それでもねむらんとおれるもんやなし、うつらうつらしとると、
カタン、カタン、カタンと、なんや聞いたことのある音が聞こえてきたそうな。
となりに寝とるはずのカカアを起こそうしたたら・・・おらんのや。
そのとたん市助はぞっとしてはね起きてもうたそうや。
ジジイもババアもカカアも子どもたちも、
みんなが力を合わせて家の中へ古い箪笥を運びこむとこやって。
カタン、カタンという音は、箪笥の引き手が揺れる音やいの。
市助は口もきけずじと見とるだけがいや
そして市助はおそるおそる覗きにいつたそうな。
そしたらジジイもババアもカカアも8人の子どもたちも、
1人残らず箪笥のうえにあがって、
膝に手ぇおいて坐っとった。
目ぇあけてきちんと坐っとるんや。
ある晩、市助はぐでんぐてんに酔うて、
海沿いの道をどこまでもどこまでも逃げて行ってしもうたそうや。
市助はそのあと水夫になったそうや。
そいでも仕送りだけはきちんとしとったそうやが、
何年かたって市助ののった船が、ふるさとの沖に錨をおろしたそうや。
なつかしさに夜中までふるさとの灯りをみとった市助の耳に、
またあの音が聞こえてきたそうや。
カッタン、カッタン、カッタカ、カッタカ、
・・あの箪笥の音や。
市助は金縛りにあったように身動きもできんやった。
見ると一家そろって舟にのり
「とうと、帰らしね。帰って来さしね。
なんも恐ろしいことないさかいに、帰ってきさしね。
とうとの箪笥も持ってきたさかいに、この上に乗って帰らし。
夜になったら、箪笥のうえに坐っとったらいいのや、な、かえろ。」
その晩市助は舟に乗り、箪笥のうえに坐って、
カタン、カタンとみんなに運ばれて家に戻ったそうな。
・・な、面妖な話やろがいね。
能登怪異譚 (集英社文庫)クリエーター情報なし集英社
朗読音楽劇場 「箪笥」