裁判員裁判の死刑判決を破棄 無期懲役に
東京高裁 南青山の強盗殺人事件
妻子を殺した罪で服役を終えた半年後、東京・南青山で男性を殺害したとして強盗殺人などの罪に問われた無職、伊能和夫被告(62)の控訴審判決公判が20日、東京高裁であった。村瀬均裁判長は一審・東京地裁の裁判員裁判判決について「前科を過度に重視しすぎている」と指摘して死刑判決を破棄、無期懲役を言い渡した。
裁判員裁判の死刑判決が二審で破棄されたのは初めて。
判決理由で村瀬裁判長は「被害者は1人で、当初から殺意があったとは到底言えない」と指摘。「先例の量刑傾向をみると、前科と顕著な類似性が認められる場合に死刑が選択されている」としたうえで、被告の前科である無理心中を図って妻子を殺害した事件と今回の強盗殺人事件は「類似性は認められず、裁判員と裁判官が議論を尽くした結果だが破棄は免れない」と結論付けた。
弁護側は控訴審でも「被告と殺害を結びつける直接証拠はない」と無罪を主張。同裁判長は、被告の靴底に男性の血液が付着していたことや、被告が事件直前に購入した包丁と男性の刺し傷の形状に矛盾がないことなどから「被告の犯行と認めた一審判決の認定に不合理な点はない」と判断した。弁護側は上告する方針。
2011年3月の一審判決は、被害者が1人であることを踏まえても、「出所して半年で冷酷非情な犯行に及んでおり、刑を決める上で前科を特に重視すべきだ」として死刑を選択した。
一、二審判決によると、被告は09年11月15日、東京・南青山の飲食店店長、五十嵐信次さん(当時74)方に侵入、首を包丁で刺し、殺害した。
(2013/6/20 日本経済新聞)
出所後半年の強盗殺人 裁判員裁判の死刑破棄
妻子を殺害した罪で服役を終えた半年後、強盗目的で男性を殺害したとして、強盗殺人罪などに問われた無職伊能和夫被告(62)の控訴審判決が二十日、東京高裁であった。村瀬均裁判長は「前科を重視しすぎた一審は誤り」と述べ、裁判員裁判だった一審・東京地裁の死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡した。
裁判員裁判の死刑判決が二審で破棄されるのは初めて。二〇一一年三月の地裁判決は、懲役二十年の判決を受け服役後、半年で犯行に及んだ点を踏まえ、「前科がありながら被害者の命を奪ったことは刑を決める上で特に重視すべきだ。命をもって償わせるほかない」としていた。
判決で村瀬裁判長は、被害者が一人である点や、強盗目的で被害者宅に侵入した際に殺意があったと確定できないことなどを挙げ、「前科を除く諸般の情状を検討すると、死刑を選択するのが相当とは言い難い」との判断を示した。
さらに、前科が重視され死刑となった過去の裁判例では、無期懲役の被告が仮出所中に罪を犯したケースが多いと指摘。
伊能被告の前科は夫婦げんかの末に妻子二人を殺害した無理心中であり、無期懲役刑ではなく有期刑だったとして「一審判決は人の生命を奪った前科があることを過度に重視しすぎた結果、死刑もやむを得ないとした誤りがある」と結論付けた。
弁護側は二審で無罪を主張し、仮に犯人としても被害者が一人であることなどを考えると死刑にすべきでないと訴えた。検察側は控訴棄却を求めていた。
一審判決によると、伊能被告は二〇〇九年十一月、強盗目的で東京・南青山のマンションに侵入し、飲食店経営五十嵐信次さん=当時(74)=の首を包丁で刺し殺害した。
(2013年6月20日 東京新聞)
住所不定無職伊能和夫被告は2009年11月15日午後3時ごろ、東京都港区のマンションで金品を強奪するために飲食店経営の男性(当時74)方に侵入。部屋にいた男性の首を刃物で突き刺すなどして殺害した。
伊能被告は事件後に地下鉄で台東区内に移動し、同16日夜に上野公園前で酒に酔って暴れているのを上野署員に保護された。翌17日に上野署を出たが、同署前の掲示板に投石し、器物損壊容疑で現行犯逮捕された。その後、伊能被告の靴底に男性のものとみられる微量の血痕が付着しており、マンションの手すりには伊能被告の指紋があり、付近の防犯カメラに伊能被告と酷似した男が写っていたことから、伊能被告を強盗殺人容疑で2010年1月20日に再逮捕した。
伊能被告は2009年5月に出所し、埼玉県内の生活保護受給者用施設で寝泊まりしたり、建設現場で働いたりしていたが、事件当時は仕事をしていなかった。
一 審 2011年3月15日 東京地裁 吉村典晃裁判長 死刑判決
裁判員裁判。伊能和夫被告は逮捕当初から黙秘している。
2011年2月24日の初公判で、伊能被告は罪状認否で、名前からすべてについて証言台の前で直立したまま無言を貫いた。このため、吉村裁判長が検察官に、「法廷にいる者と被告の同一性を明らかにしてください」と指示。検察官が、器物損壊容疑で逮捕された際に撮影した伊能被告の写真を提示し、「被告本人です」と述べた。
検察側は冒頭陳述で、伊能被告が事件当日に包丁を購入し、男性の自宅マンション前をうろついていたと主張。玄関と窓を開けたまま昼寝をしていた男性の部屋へ侵入し、包丁で首を刺して殺害した後、室内を物色して逃走したと述べた。そして現場から被告の指紋などが見つかった、被告の靴底に男性の血液が付着していた、マンション付近の防犯カメラに被告が写っていたことから「被告が犯人である」と主張した。
弁護側は「事件当日、現場には行っておらず、殺害もしていない」と無罪を主張した。
3日の被告人質問では弁護側が「質問はございません」と述べ、検察側質問に移った。伊能被告は裁判長の「椅子に座って」との呼びかけに無言で応じたが、検察官が「声が聞こえているか」「質問されていると分かるか」と呼びかけても、目をつぶり下を向いて黙り続けた。
4日の論告で検察側は、現場室内から被告の掌紋が見つかったことや、被告の靴底に付着していた血液が男性のDNA型と一致したこと、犯行時刻前後に近隣の防犯カメラで撮影された被告とみられる男の映像などから「間接証拠を総合すると被告が犯人なのは明らか」と指摘。その上で「身勝手極まりない動機から何ら落ち度のない男性を殺害した。犯罪傾向は極めて深刻で改悛の情はみじんもなく、死刑選択はやむを得ない」と述べた。
同日の最終弁論で弁護側は、「被害者宅は玄関が無施錠だった。被告は被害者が何者かに殺害された後に空き巣目的で入った可能性がある」などと反論。「黙秘は憲法で保障された権利で、不利に考慮してはならない」と述べた。
判決で吉村裁判長は、現場から被告の掌紋が検出され、被告の靴底に被害者の血痕が付着していたことなどから「状況証拠を総合すると被告が犯人と認められる」と有罪を認定した。そして「出所して半年で冷酷非情な犯行に及んだ。自分の利益だけを考え、人の命という最も重要な価値を軽く見た冷酷非情な犯行。2人殺害の前科は特に重視すべきで、生命をもって罪を償わせるほかない」と述べた。
2012年7月17日の控訴審初公判で、弁護側は「被告と犯行を結びつける直接証拠はない。被告は犯人でない」として無罪を主張。仮に犯人だとしても、「被害者が1人であることなどを考えると、死刑を選択すべき事案ではない」と訴えた。検察側は控訴棄却を主張した。
備 考 伊能和夫被告は1988年11月5日正午ごろ、妻(当時36)が浮気をしていると疑って詰問、口論となり、カッとなって台所にあった包丁(刃渡り23.5cm)で刺殺した。その後、妻を殺したことで将来を悲観、子供と心中しようと同日午後8時ごろ、長男(当時8)と二女(当時3)の口に都市ガスのゴムホースを押しつけるなどした上、室内に灯油をまいて放火。二女を焼死させ、自分は自宅ベランダから約15m下の芝生に飛び降り1か月の重傷を負った。長男はベランダから近くの人に助けられ無事だった。
殺人、殺人未遂、現住建造物等放火などの罪で起訴。1989年11月30日、千葉地裁で懲役20年(求刑同)の判決が言い渡された。控訴せず、そのまま確定したと思われる。
(高裁係属中の死刑事件 )