ドラマスペシャル「 黒い看護婦」
フジテレビ
直子( 大竹しのぶ)
康子(木村多江)
美奈子(寺島しのぶ)
香澄(坂井真紀)
福岡・久留米市連続保険金殺人 元看護師・吉田純子被告の上告棄却、死刑判決確定へ 2010年
吉田純子[33]一審、一連の事件の主犯であると認定し死刑。高裁、控訴棄却。上告するも棄却。死刑確定。
石井ヒト美[33]一審、懲役17年。控訴棄却。上告せず、懲役17年が確定。
池上和子[33]一審判決前に病死したため公訴が棄却。
堤美由紀[33]一審、無期懲役。控訴棄却。上告せず、無期懲役刑が確定。吉田の同性愛相手。
福岡県久留米市の看護師ら4人による連続保険金殺人事件で、殺人、詐欺罪などに問われた主犯の元看護師、吉田純子被告(45)の判決公判が24日、福岡地裁で開かれ、谷敏行裁判長は求刑通り死刑を言い渡した。
谷裁判長は一連の犯行を「金銭欲に基づき、医学知識を駆使して完全犯罪をもくろんだ凶悪な犯行」と指摘。吉田被告が共犯3人の相談に乗って信頼を得ると同時に弱みを握り、虚言を繰り返しながら操っていたと認定した。
すでに吉田被告と最も親密だった元治験コーディネーターの堤美由紀被告(44)には無期懲役(求刑・死刑)、1件にかかわった元看護師の石井ヒト美被告(46)には懲役17年(求刑・無期懲役)が言い渡され、両被告とも控訴中。池上和子元被告(求刑・死刑、死亡時43歳)は判決前に病死して公訴棄却になっている。
判決によると、吉田被告は堤被告、池上元被告と共謀し1998年1月、池上元被告の夫に空気を注射して殺害。99年3月には、石井被告を加えた4人で石井被告の夫の鼻から大量のウイスキーを流し込んで殺し、計約6800万円の保険金を詐取した。
このほか、堤被告の母親に対する強盗殺人未遂や別の看護師に対する詐欺、自首しようとした石井被告への脅迫事件にもかかわった。
(1)吉田純子、堤美由紀両被告が97年、同僚看護師から500万円を詐取(詐欺罪)
(2)吉田、堤、池上和子の3被告が98年、池上被告の夫に睡眠剤入りのビールを飲ませ、
静脈に空気を注射して殺害。保険金約3500万円を詐取(殺人、詐欺罪)
(3)吉田、堤、池上、石井ヒト美の4被告が99年、石井被告の夫に洋酒や睡眠薬を飲ませ、
鼻からチューブで大量の洋酒を注入して殺害。保険金約3300万円を詐取(殺人、詐欺罪)
(4)吉田、池上、石井の3被告が00年、預金通帳を奪う目的で堤被告の母を襲撃(強盗殺人未遂、住居侵入罪)
(5)吉田、池上両被告が01年、夫殺害などを警察に相談しようとした石井被告を脅す(脅迫罪)
ナイス!吉田純子・・・「黒い看護婦」福岡四人組保険金連続殺人
久留米看護師連続保険金殺人事件
黒い看護婦―福岡四人組保険金連続殺人 (新潮文庫)クリエーター情報なし新潮社
プロローグ
四人の中年女性グループによって繰り返された残虐な犯行
──福岡県久留米市に住む元看護婦たちが引き起こした犯罪史上類を見ない連続保険金殺人──は、
まるで安普請の小説の書き割りを背に演じて見せたような事件である。
捉えどころのない、ヌルリとした奇妙な感触が残る反面、その冷酷な犯行は世を震撼させた。
吉田純子、堤美由紀、石井ヒト美、池上和子。
四人はかつて同じ看護学校に通っていた看護婦仲間である。
事件発覚当時の平成十四年、久留米市内の高級マンションの同じ棟に住み、
主犯格の吉田純子が最上階にプライベートルームを所有。
女王然としてほかの三人を従えていた。
白衣の四人組は、医療知識を駆使して次々と仲間の夫をその手にかけ、
純子は“無二の親友”の母親さえ殺めようとたくらんだ。
四人組の頂点に君臨した純子が、三人を自由自在に操って、生命保険などで手にした金額は、実に二億円にのぼる。
ついに一人の男も関与していなかったことが明らかになる──「悪女(ワル)」たちだけの凶悪犯罪。
この世にも希な「女だけの殺人事件」の闇に分け入る。
「苦いっ、なんかタマネギの腐ったごと味がするばい」
久門剛は、妻ヒト美と久方ぶりに差し向かいで会っていた。ヒト美がよそったカレーライスをスプーンですくい上げ、口に運んだとき、思わずこう漏らした。
「ほんなら、とり替えてこうか」
心臓がはちきれんばかりの激しい鼓動を感じながら、平静を装ってヒト美が言う。
「いや、いやこれでよか。気のせいやろ」
「ごめんね、苦うてから。ビール、もう一缶持って来ようか」
剛は立ち上がりかけたヒト美を左手で制し、右手のスプーンを口に運ぶ。
「いや、これ食べるけん」
それでもヒト美は、台所に立って冷蔵庫から缶ビールを取り出し、夫のいる居間のテーブルに置いた。夫は、申し訳なさそうにする妻に気を使い、ビールに手をつけず、皿に盛られた苦いカレーライスをすっかり平らげた。
「吉田さんからもろうた高そうなウィスキーがあるとやけど、飲む?」
台所から持ってきた新しい缶ビールを自分自身であおりながら、夫に薦める。
「私なんかじゃ、買いきらんぐらい高そうなウィスキーやけん」
ウィスキーボトルを夫に見せ、アイスペールのなかの氷をつまんで水割りをつくった。酒好きの剛は、うまそうにグラスに口をつけた。
「おいしい?」
「うん、やっぱり違うな」
剛は酒豪だった。普段ならボトル一本ぐらい、平気であける。しかし、このときは違った。ウィスキーボトルの中身が半分ぐらいに減った程度で、いつになく眠気が襲う。
立ち上がろうとすると、足がすでにもつれていた。ヒト美は、夫を支えながら奥の八畳間に連れて行き、寝かせた。
平成十一年三月二十七日。部屋の時計は午後九時をまわったばかりだ。約束の十時にはまだ一時間近くある。ヒト美は、すでにいびきをかきはじめた夫の横に座り、薄暗い部屋で携帯電話を手にした。
「苦労したけど、やっと眠ったみたい」
「そうね。なら十一時ぐらいやね。裏から入るけん、いいね」
電話の向こうから落ち着いた声が聞こえて来た。凄みのあるいつもの吉田純子の声である。純子のそばで、堤美由紀と池上和子が目を合わせ、うなずく。
三人が勝手口からヒト美の家に侵入してきたのは午後十一時前。みな帽子をかぶり、黒っぽいセーターを着ていた。マスクをしているので、ヒト美にはそれぞれの顔がはっきり見えない。
純子が横を向いて眠っていた久門剛を仰向けにした。寝入りばなのいびきはもうおさまっている。
「あんたは見らんでいいけん、向こうで見張っといて」
マスクをした純子がくぐもった声でヒト美に命じる。ヒト美の家族が起きて来ないか。それを見張る役割である。
ヒト美はガラスの障子を隔てた座敷の隣の居間に消えた。部屋に残ったのは、純子と美由紀、和子の三人。
三人のうち、すぐに作業にとりかかったのが和子だった。剛の右側にまわりこんで畳に膝をつく。右腕をつねった。熟睡しているかどうかを確かめるためだ。
医療用のマーゲンチューブを手にした和子が、剛の鼻の穴にそれを挿入しようとした。だが、なかなかうまくいかない。
「美由紀、なにボーっとしとるとね。はよ手伝わんね」
純子はひとり、久門剛の顔を見下ろすようにして立っている。そのまま、二人に指図する。美由紀が和子と代わった。美由紀は、四人の看護婦のなかでいちばん腕がいい。
マーゲンチューブは仰向けになった剛の鼻からスルスルと飲み込まれ、胃に到達した。すると、手早く鞄から聴診器を取り出す。剛の胸にあて、心音を聞いた。
その間、和子が剛の横に置かれていたウィスキーボトルを手にとり、紙コップに注ぐ。夕刻、剛がおいしそうに飲んでいた高級洋酒だった。
和子は、すばやく紙コップに入った琥珀色の液体を注射器で吸いとった。それをチューブに流し込んでいく。その作業を何度も繰り返した。
八畳間には、居間から漏れる蛍光灯の明かりがさしているだけだった。その薄暗い部屋のなかで、純子はチューブのなかの液体が剛の胃に流れ込んでいくのを黙って凝視していた。美由紀や和子も声を出さない。
飲みかけのウィスキーが空になった。すると、純子が用意してきた別のボトルを鞄から取りだし、封を切る。みずから紙コップにそれを注ぎ、注射器で吸いとる。それを美由紀に握らせ、美由紀が和子に手渡す。三人は、ただひたすら黙々と作業をつづけた。
花冷えのする三月の真夜中。この部屋だけは、アルコールと三人の女の汗臭いすえた臭いが入り混じって、かなり蒸している。すでに一時間以上が経過していた。
そうして仰向けの剛の胃に、およそ一本半分のウィスキーが注ぎこまれた。再び美由紀が聴診器で剛の心音を聞く。激しい鼓動が伝わってくる。呼吸は乱れはじめ、剛は身体を反るように浮かした。
「池上ちゃん、エアーも入れて」
純子が、和子に静脈注射を命じた。和子はあわてて注射器に空気を入れ、剛の右腕をとる。三〇ccの空気を静脈に入れた。そこから足元へまわりこみ、同じように足の甲に注射する。すでに十二時をまわっていた。純子は苛だちはじめる。美由紀に語りかけた。
「図体の太かけん、なかなか死なんね」
美由紀は、ずっと聴診器を耳にあてながら、剛の左手首をとって脈を測っていた。しゃがみこんだ美由紀は純子を見あげた。居間から射しこむ薄明かりを背にした純子の表情は見えない。だが、その声に思わず反応して答えた。
「もうすぐ死ぬやろうて思うよ。衰弱しきっとるから、あとは時間の問題やろうね」
純子が必死に静脈注射をつづける和子に言った。
「なら、もうそろそろいいやろうね。針ば抜いて」
間もなく久門剛の心音が途絶えた。十二時半過ぎ。純子が、剛のそばにしゃがみこんで顔をのぞきこんだ。そのまましばらく様子を見ていた。そして、納得したように「よしっ」とひとりごち、やおら立ち上がった。
「終わったばい。あんたもこっちへ来んね」
ガラスの障子越しに、隣の居間にいるヒト美に声をかける。一瞬、居間の蛍光灯の明かりが八畳の和室に広がった。
純子はヒト美が部屋に入ってきたのを確認すると、剛の身体から二歩、三歩とあとずさった。そして、今度は逆に勢いよく前に一歩踏みだした。ちょうどサッカーでペナルティゴールを決めるときのように。
ボコッ──
静まりかえった八畳間に鈍い音が響く。その瞬間、剛の右顔面に純子のトウが食い込んで、顔が右から左にグラリと揺れた。振り返った純子が、ヒト美のほうを向いて言った。
「あんたも蹴らんね」
なぜかヒト美はその言葉を予想していた。不思議と、夫に対する憎しみが湧き起こる。そして、純子と同じように、いやむしろそれより強く右顔面を蹴りあげた。
すると、さらに怒りが込みあげてくる。夫の顔に自分の顔を近づけ、右頬に一発、強烈な平手打ちを食らわせた。これも容赦なかった。
ヒト美は純子の方を振り向いた。暗がりのなかで目が合うと、二人は思わずケラケラと高笑いをした。